<26th February Sun>
相変わらずのポカポカ陽気。後でちょっと外に出てみよう。
ここ暫くのROHモーツァルト三昧で、「あー、さすがにちょっと違う雰囲気の音楽、例えばストラヴィンスキーとか聴いてみたいかも」と思っていたんですが、今週末は計らずもヴェルディを2つ聴くことになりそうです。昨夜のメトHDラジオ生中継のエルナーニは嫌いな歌手が二人出てるにも拘わらずなかなか良かったし、今夜は同じくメトのトロヴァトーレのTV放映があり、少し痩せたらしい丸ちゃん(Mアルバレス)を久し振りにテレビでかじりつく予定(でも、ゲゲッ! 両方ともホロが歌ってる)。
----------------------------------------------
モーツァルト/ダ・ポンテ三部作も終盤に差し掛かりましたが、2月14日、20日、24日と3回行ったフィガロの結婚Le nozze di Figaroを観終わりました。
私の知る限り切符代がダンピングされなかったのは、3つの中でこのフィガロの結婚だけですが、特に人気歌手が出てたわけでもないので、やっぱり作品として一番人気があるということでしょうか。
どんなオペラなの?と首を傾げる方のためにざっと説明すると、
ストーリーはロッシーニのオペラ「セヴィリアの理髪師」での出来事から数年後という設定で(オペラとしてはモーツァルトの方が先ですが)、その時の床屋のフィガロの手助けによって伯爵がロジーナと結婚するまでのドタバタ
劇の登場人物はほとんど皆また出て来るのですが、主役3人が別人のように変ってて、
結婚前のセヴィリアではあんなに元気で機転が利き、問題解決に前向きで積極的だったロジーナ嬢は今では夫の浮気にくよくよ悩むだけの伯爵夫人になってしまったし、
床屋のフィガロはセヴィリアでの手柄のおかげで伯爵家に雇われたのですが、原因はギャンブルでしょうか、多額の借金で首が回らなくて返済できなければ金貸ばあさんと結婚しなければならない羽目に陥っていて、伯爵がフィアンセを狙っているのも気が付かないほど頭の回転も冴えなくなって婚約者に押されっぱなし
そして、あれほどの苦労の末ロジーナと結婚できた伯爵は彼女に飽きて若い女性の尻を追いかけ回し、
という状況の中で、ストーリーはフィガロと伯爵夫人の小間使いスザンナとの結婚の日のドタバタなんですが、かなり込み入った話なので詳しいことはとても書けませんが、要するに、スザンナに領主の「初夜権」を行使しようとするスケベ伯爵をこらしめる話で、今回の悪者はアルマヴィヴァ伯爵。オリジナル小説は、召使が貴族を負かすのは革命的であるとして禁止すらさたそうだし、これがフランス革命のきっかけになったという説もあり。
伯爵も馬鹿ではないので、皆であの手この手で知恵比べ。モーツァルトのオペラにはよく出てくる偽装して他に人になりすますシーンもあるし、ヤキモチの妬き合いで人間の愚かさ醜さ可愛さが出てなかなか深い味わいがあり、セヴィリアの理髪師のような表面的な喜劇ではありません。
新しく登場する人物で重要なのはフィガロのフィアンセのスザンナで、伯爵誘惑のオトリになったり、窮地では機転を利かせたりして、キュートで溌剌、利発な女中さんの彼女がこのオペラのゴタゴタの中心であり仕切り役。
もう一人新しい登場人物でユニークなのは小姓のケルビーノ。女性を見ると鼻血ドバドバの青春ホルモン過剰供給少年で、有名なアリア「恋とはどんなものかしら?」も彼の状態を考えると、ロマンチックな恋への憧れの歌ではないことがわかるでしょう。この役を男性が演じると生々しくなるのでしょうが、これはメゾ・ソプラノのズボン役で、男性役の女性歌手が女装するというひねった面白さがあります。
音楽の構成も抜群だし、有名アリアが散りばめられて、喜劇オペラでは最も人気があるのも当然です。
2006年初演のマクヴィッカー演出は、つまらない程まともですが、たまにはこういう素直でわかりやすい設定が却って新鮮で、衣装が特に素敵だし舞台も開放的で明るくて、私は好き。
Composer Wolfgang Amadeus Mozart
Director David McVicar
Revival Director Leah Hausman
Designs Tanya McCallin
Lighting design Paule Constable
Movement Director Leah Hausman
Conductor Antonio Pappano Richard Hetherington
Figaro Ildebrando D'Arcangelo
Susanna Aleksandra Kurzak
Count Almaviva Lucas Meachem
Countess Almaviva Rachel Willis-Sørensen
Cherubino Anna Bonitatibus
Don Basilio Bonaventura Bottone
Marcellina Ann Murray
Bartolo Carlo Lepore
Antonio Jeremy White
Barbarina Susana Gaspar
3つの中で唯一、パッパーノ大将が指揮するわけだし、結構豪華なキャストの予定だったのに、1月末に伯爵役のサイモン・キーンリーサイドが降板してしまい(体調崩したバレリーナの奥様の代わりに二人の小さな子供の面倒をみてて喉を壊したんだそうです)、直前に肩すかしを食らってしまいました。更に、いつのまにか伯爵夫人も上品で素敵なケイト・ロイヤルから無名のソプラノに変ってるし、これでは先回の豪華な伯爵夫妻(フリットリとマッテイ)にうんとひけを取っちゃうわよねえ。
と、がっかりしたけど、思いの他良かった人もいて、結局はなかなかのレベルになり、何度も観たプロダクションですが、楽しめました。
フィガロ
イルデブランド・ダルカンジェロは最近好調らしく、深い声が朗々と響き渡り、先回よりも声もよく出てたし、ネイティブなイタリア語は他の誰よりも滑らかで、経験豊富で立派なフィガロでした。ダークで精悍な容貌とも相合って、こういうタイプに惹かれる女性にはたまらないダル様でしょう。
金貸し中年女が実は母親だったとわかる場面では大袈裟に失神したりして受けてましが、ちょっと前にやったイタリアのトルコ人の表情豊かな爆笑演技が印象に残ってる私には、ダル様もっともっと派手にやればいいのに、と歯がゆい程控え目で大人のフィガロだったような。
一番残念だったのは、今回ダル様をドン・ジョヴァンニで観られなかったことで、男盛りの色気溢れる現在の彼は女性たちにしてやられる青二才のフィガロじゃなくて、女を振り回す伊達男ドン・ジョヴァンニでしょうに。
スザンナ
おたふく顔の庶民的な容姿といい、滑らかで軽やかで声と歌い回しといい、アレクサンドラ・クルチャク(クジャクというのが一番近い発音らしいですが、仲間うちではこう呼んでます)ほどこの役に相応しいソプラノはいないのではないかしら。ROHにはよく出てくれて、どんな役をやっても私は大好きで、今回3回分切符を買ったのも彼女なら何度聴いてもいいから、と思ったからでした。2010年にこの役はROH若手アーチストだった中村恵理さんがやったのですが、役柄にルックス的に相応しいかどうかも含め、全ての面で恵理さんが太刀打ちできる相手ではありません。
でも、絶好調ではなかったようで、いつもより声が乾いている日もあったし、第一スザンナは出ずっぱりで歌いっぱなしにも拘わらず聴かせどころのアリアは1曲しかないので損な役回り。彼女が難しいアリアを歌い転がしまくる役で聴いてみたいです。
女たらしで自分勝手だけど頭は悪くない伯爵は、コメディの悪役としてはとてもやりがいのある重要な役なのに、ルーカス・ミーチェムは、大柄なので立ってるだけで存在感はあるけど、図体ばかりでかくて声には迫力がないし、芝居もメリハリに欠けて、ずっと「ああ、これがサイモンだったら歌も演技も細かい所にまで気を配ってさぞかし素晴らしい伯爵だっただろうに・・・」、と思わざるを得ませんでした。特に一番大事な怒りのアリアはヘナヘナ。
軽めでスムーズな美声は耳に心地良いし、もう少し痩せれば長身で顔も悪くないので(3年前にのダイドーとエネアスに出た時は(→こちら
)今よりずっとほっそりしてて素敵だった)、声自体の魅力が最重視される役で頑張って下さい。
伯爵夫人
レイチェル・ウィリス・ソレンセンって全く聴いたことのない名前なので一番不安でしたが、アメリカ人の彼女が今回のめっけものなりました。大柄なのでルーカスとはお似合いの威厳ある貴族カップルで、どっしりとした体の大きさに相応しい声量で厚みと張りがあり、元々この役はメソメソしてるだけで芝居面では受けないけど、しっとりした素晴らしいアリアが2曲あって儲け役なんですが、多少荒っぽいところもあるものの、彼女の良さを充分出しきれる役でしょう。
拍手も一番大きかったし、一緒に行ったトーチャンに「誰がよかった?」といつものように聞いたら「伯爵夫人」と即答。連チャンでしんどいので3回目に行こうかどうしようか迷った私をROHに引き寄せてくれたのは彼女でした。こういうことがあるから、無名歌手と云っても侮れなくて、それがオペラの醍醐味でもあるわけです。
ケルビーノ
アンナ・ボニタティバスはこの役をここで以前やってますが、きっと好評だったから再登場になったに違いなくて、小柄で少年らしい仕草という点では今までたくさん見たケルビーノの中でもピエロ役としてはベストで、ケルビーノの場面は爆笑もの。声もよく出て良い歌手だと思うのですが、肝心の「恋とはどんなものかしら」という超有名アリアをピアニッシモで歌い過ぎたのが残念。
その他
セヴィリアの理髪師にも出てくる日和見鳥男バジリオ音楽教師は、2006年のプレミエのフィリップ・ラングリッジのオカマ風クネクネ演技が最高でした。今回のブエナヴェンチューラ・ボトンは喜劇演技が得意なテノールなので、どんな面白いバジリオになるかしらと期待したのに、彼としてはえらく遠慮がちな演技と歌唱で全く冴えず。
金貸しで実はフィガロの母親だったマルチェリーナはアン・マレー。皮肉なことにその抜群のバジリオ役だった故フィリップ・ラングリッジとはイギリスのオペラ界のおしどり夫婦だったんですが、未亡人になっても気丈に活躍するかつての英国花形メゾ、頑張れ!
セヴィリアの理髪師では重要な悪役で、伯爵にロジーナを略奪されて復讐を図るドン・バルトロはこのオペラではちょい役ですが(結局フィガロの父親だとわかるわけですが)、カルロ・レポーレの立派な歌唱力は、先日のコジ・ファン・トゥッテでトーマス・アレンの代役で証明されたわけですが(→こちら )、今回も良い味出してました。
指揮者のパッパーノ大将が素晴らしいのは当然なのですが、チェンバロを弾きながらだから忙しいんですが、楽しみまくってる様子が私の席からはよく見えて、楽しいオペラが更に盛り上がるというオマケ付き。いつもありがとうございます。
尚、過去の分は→こちら の一覧でどうぞ。